そして時がなくなる・・・時のないホテル

印象的な、ヘビーなギターサウンドで始まるアルバム「時のないホテル
このアルバムは良質な9編の短編集といったところです。
まさか、ここにある物語もユーミンの体験談だと思う人はいないでしょう。

セシル」や「ミスロンリー
ホテルに滞在していたスパイたち、病気のため亡くなった「ジョガー
七夕のパレードを見に行った彼と彼女
観音崎の歩道橋に立つ女性
彼のシャツの肘のあたりをつまんで歩く彼女

ユーミンは素晴らしい短編の作家なのです。



このアルバムの評価は別れます。
テンションが低い時に作ったとか、
ひと呼吸おいたとか、
重い作品が多いとか、

そのような理由で、評価しない人も多いのですが、
傑作と推す人も多い。

なぜでしょうか?
ここにあるのは、ほかのユーミン作品とは明らかに違う
フィクション性と、
感情移入をするには訓練を要するシチュエーションの提示だからです。

日常を歌うのを得意とするユーミン。
そして、そのことしか知らない人たちは、
自分のことを歌っている歌があまりない。
セシルやホテルの滞在者は自分ではないですよね。
難病を抱える彼や、遠い半島の国を50年も思う老女の知り合いもあまりいません。
自分より5cmも背の低い彼と交際したことのある人も多くはないでしょう。

ためらい」と「よそゆき顔で」は幾分、感情移入しやすいシチュエーションかもしれません。


しかしそこに最大の難敵、「コンパートメント」が現れます。

この曲こそ、ユーミンの最高傑作といってもいいでしょう。

歌詞といい曲の構成といいボーカルといいサウンドといいSEといい
これほど充実した曲はありません。
テーマは重いですけど。


艶やかな馬にまたがりテムズを渡る夢
やがて私は着く全てが見える明るい場所へ
けれどそこは朝ではなく、白夜の荒野です


彼女はどこに着いたのでしょう?
緊張感の中、ピアノのリフレインがフェードアウトしていきます。
そして、ほっとするような「水の影」の穏やかなイントロが聞こえてきます。


たとえ異国の古い街でも、風がのどかな隣町でも
私はたぶん同じ旅人

彼女が着いたのは、もはやどこでもいいのかもしれません。


さて、次がいよいよ、あのアルバムです。