名盤の狭間のアルバム・・・オリーブ

この頃のユーミンの発表ペースは次のとおり
1978年3月   紅雀
1978年11月  流線形 '80
1979年7月   OLIVE
1979年12月  悲しいほどお天気

年に2枚のリリースです。
途中でミニアルバムになったり、多少伸びたりはしますが
このペースが1983年の「VOYAGER」まで続きます。

その間にシングルも発表し、
他のアーティストに曲の提供もしています。
なんという働き者でしょう!

これほどの多産なので、たまには途中で息切れすることもあります。
「流線形 '80」と「悲しいほどお天気」という名盤にはさまれた
「OLIVE」は、そのようなアルバムかもしれません。

※以下のアルバムジャケットは楽天のページにリンクしています。




ハイファイセットでヒットした「冷たい雨」のセルフカバー
アンルイスでヒットした「甘い予感」のセルフカバー
稲妻の少女」は「真冬のサーファー」の続編だし
シングルカットされた「帰愁」も今ひとつインパクトがないし。


※以下のアルバムジャケットは楽天のページにリンクしています。




もちろん、ユーミンにしてはの話ですから、あしからず。
青いエアメール」や「ツバメのように
りんごのにおいと風の国」など
いい曲もたくさん入っています。

きちんと計算をしてみました

その中で、特筆すべきは「未来は霧の中に」でしょう。
この曲を私小説と思っている人がとっても多い。
そこで検証しました。


東京オリンピック開催  1964/10/10
オリンピックを控えている時期(1964/10/9より前)に9歳であった人
  ⇒1955/10/9以前に生まれた人

人類月着陸 1969/7/20(アメリカ東部時間) 日本時間では1969/7/21 早暁
テレビジョンに映し出されるのはどんなに早くても1969/7/21 朝
1969/7/21よりあとの時点で13歳であった人は 1955/7/22以降に生まれた人

よって二つの条件を満たすの人の生年月日
1955/7/22 〜 1955/10/9 ということになります。


ユーミン 1954年1月19日生まれ
オリンピックの年に、10歳になっていますよね。
9歳は1963/1/19〜1964/1/18
それでも、オリンピックを来年に控えてというので、
1963年の空気感を歌ったのかもしれない。

一応、そのように解釈できますね。
でも、ユーミンの13歳は1967/1/19〜1968/1/18
1969年には15歳です。

ということで、この歌はユーミンが子供の頃を回想した歌ではありません。
主人公は、ユーミンよりちょっとだけ年下の少女(当時)でした。


働き者のユーミンは、そのペースを落とさずに シングルにも力を入れるのですが、結果は出なかったのです。